シナリオ
02.12シナリオ
何故だか僕はあの日のことを思い出していた。君と最初に出かけたあの日を。少し足を伸ばし
て遠出をしようと言ったのに、どっちが言い出すでもなく自然と自転車で集合をしてただひたす
ら並走してあてもなくさまよったあの日を。
考えている内に何故急にそんななんでもない日のことを思い出したのか気づいた。きっと楽に生
きていけたからだ。何も考えず勝手に次の日がやって来ると思っていた。親や友達、君のいる明日
が来ないことを疑いもしなかった。いつからだろうか、全てが上手くいかなくなってしまったのは。
君が僕の前から姿を消した日か?生きるのが面倒くさくなった日か?そんな弱い自分に別れを
告げると決めた日か?いや、その全てだ。一つひとつがテンポよく積み重なったからか。ただ一つ
確かなことは大人になったからだ。いや、なることを強制されたと言うほうが正しいか。
その頃だったか、いつか君に再会したことがあった。久々の再会だというのに君は変わらずあの
頃のままだった。君が話してくれた不思議な力を持つ人形の話は中々興味深かった。一つの傘に一
緒に入って歩いた時のあの手の感触を今も鮮明に覚えている。必死だった。もう夢の中だけで会う
のは嫌だった。もうどこにも行ってほしくない、そんな一心で手を繋ぎ続けていた。またあの人形を
作ればいいことが起こるのだろうか。奇跡がまた起きるのだろうか。今君はどこで何をしているの
だろうか。
今までの自分に別れを告げると決心してから大分経ってしまった。しかし僕はあの頃から一切
変われてはいなかった。むしろ悪化してしまっている気さえする。
少し、休憩をしよう。少しギリギリに生き過ぎたのかもしれない。いつから動き出せるだろう
か。一週間後?一か月後?いや一年くらい掛かってしまうかもな。でもいいじゃないか、時間はた
っぷりあるのだから。
シナリオ
雨坊主編
ある日、ふいにバイブレーションと同時に通知音が鳴ったスマホの画面を見ると、そこには懐かしいメアドからメールが届いていた。少しワクワクしつつ、でも少し不審にも思いつつ開いた。見るとそこには変わらない文体や絵文字の使い方で書かれた文章があった。内容をサッと読んでいると、ある1文に目がいった。
『来週久しぶりに地元帰るんだけど会わない?』
何故か固まり、画面を見つめること10分
『いいよ』
と、それだけ返した。
ふと気づくと、君と過ごした時のことを思い返そうとする自分がいた。続けようか一瞬迷ったが、嫌な気はしなかったのでそのまま眠くなるまで続けることにした。
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『明日は全国的に大雨になるようです。お出掛けの際は傘を持って出るといいでしょう。』
君と会うことになった前日、そんなニュースを流し聞きながら十数年ぶりにてるてる坊主を作っていた。もともと雨が嫌いのもあるが、僕の記憶の中の君との思い出はいつだって晴れていた。意味はないとは分かってはいたが少しでも望みをかけようと、じっくり時間をかけて、子供のころじゃ作れないくらいに完璧なてるてる坊主に満足しながらそれを窓際に掛けてそのまま眠りについた。
翌朝、あの雨の日特有の重苦しい空気の中、昨日の夜作ったてるてる坊主を睨みながら起きた。
『やっぱ意味ねぇーじゃん』
その後何個か軽い毒を吐きつつ出掛ける支度をした。
『あれ?』
外に出てみると確かにそこには希に見るほどの大雨が降っていた。けど明るかった。雨こそ降っているものの、まるで晴れている日ぐらいに明るいのだ。それだけで起きた時の憂鬱感は消え、珍しいこの状況になんとなくウキウキしつつ傘を広げて歩き初めた。
待ち合わせの喫茶店に入ると、外からも見やすいように窓際の席に座った。久々に会う楽しみと、何を話せばいいか分からない不安を抱えつつ待っていると向こうから傘もささずに君は走ってきた。
『家出た時は降ってなかったからさ、傘持って来るの忘れちゃった』
どことなく棒読みにも取れるような言い方をしながら、それでも懐かしい声と、昔と変わらない笑顔を浮かべて君は僕の正面に座った。
それからしばらく昔話に花を咲かせた。中学の時クラスの中であった出来事とか、あの先生かどうだったとか、あの時のあれが楽しかったとか。全部二人で過ごしていた時の思い出ばかりだった。そのあとある程度近況報告も済ました頃に、ふと通っていた中学校に行ってみるという提案が出たところで店を出ることにした。
出てみると相変わらず晴れているのかと錯覚する明るさにまだまだすぐに止みそうにない雨が降っていた。変わったことといえば、日が傾き始めたことによって空が赤く染まってより幻想的な景色を作り出していた。
『あめ坊主ってしってる?』
ふいに君がそんなことを聞いてきた。
知らないと答えると君は続けた。
『見た目はてるてる坊主一緒なんだけど、雨が降ることをお願いするの。でも、本来のただただ雨を降らせるだけの逆さのてるてる坊主と違ってその人にとって幸せな雨を降らしてくれるの。で、そういうときに決まってこういう晴れた空に雨が降るんだって。』
そのとき自分が朝睨み付けたてるてる坊主の顔を思い出していた。
あめ坊主ねぇ...。あいつ、いつのまに...。
その時、自分の中で何かがストンと落ちた気がした。そして少し奇妙だと思っていたこの天気が幾分か美しく見えた。今まで雨なんて鬱陶しいだけで嫌いだったが、
今日のこの雨は、
君と一緒にさす傘の上のこの天気だけはいい天気だと言おう。